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ファンタジー創作とメンタルモデリング:認知科学から執筆指示まで

きっかけ

ファンタジーアニメを見ていて、「この作者はどうしてこういう世界観を作ったのだろう」という疑問が浮かんだ。

自分自身もファンタジーに惹かれる理由はある。現実世界にうんざりしていて、世界の過半数の人が作っている世界が理解できない。だから「こういう世界だったらいいな」というのをファンタジーに求めている。これは「逃避」ではなく「脱出」だと思う。現実におびえているのではなく、現実を見極めた上で別のものを求めている、という能動的な姿勢。

ただ、自分の個人的な動機はある程度自分で把握している。今回知りたかったのは、それとは別に「なぜ人は一般的にファンタジーを作るのか」という一般論。そこから掘り下げていったら、最終的に脳の認知構造の話になり、自分が異世界転生物を好きな理由が言語化でき、さらにAIへの執筆指示にまで落とし込めた。一本の流れとして整理がついたので、その全体を残しておく。

気づき

一般的に語られる5つの動機

ファンタジー創作の動機として広く語られているのは、

  1. 世界を一から設計する喜び — 現実では変えられないルールを自分で決められる、純粋な創造の快楽。神が世界を作るような感覚と表現する作家もいる
  2. 普遍的なテーマを安全に扱える — 死、権力、善悪、差別といった、現実で直接扱うと重すぎるテーマをファンタジーの枠で自由に深く探求できる
  3. 読者に「別の可能性」を見せたい — 「世界はこれだけではない」と示すこと自体が目的になる。現実への批評や問いかけ
  4. 自分の内側にあるものを形にしたい — 夢、恐れ、理想、執着など、言葉にしにくい内的なものを物語という形で外に出す
  5. 商業的理由 — ファンタジーは世界的に需要が高いジャンル

これらは妥当な答えだが、表層の説明にとどまっている感がある。もっと深いところに何かないか。

もう一段深い構造:脳のモデル構築機能

ここからが核心。人間は「モデル」を通してしか世界を認識できない 、という認知科学の知見と接続できる。

人間の脳は外界をそのまま受け取っているのではなく、常に内部モデルを作って世界を理解している。これには複数の学術的根拠がある。

予測符号化(Predictive Coding)— Karl Friston の自由エネルギー原理

神経科学者 Karl Friston が2000年代に体系化。脳は「こうなるはずだ」という予測モデルを常に走らせていて、実際の感覚入力との ズレ(予測誤差) だけを処理する。

例えば部屋を見ているとき、目から入った情報をゼロから解釈しているのではなく、「部屋はこの形で机はここにある」というモデルが先にあって、それと照合している。ズレがなければスルー、あればモデルを更新する。これが知覚の基本メカニズム。

カントの認識論(18世紀)

実はこれと同じ構造はもっと古くから哲学で指摘されている。カントは、人間は「物自体(Ding an sich)」に直接アクセスできず、時間・空間・因果といったカテゴリーというフィルター(=モデル)を通してしか世界を認識できない、と論じた。18世紀の哲学が、現代の神経科学に経験的に裏付けられた形になっている。

認知言語学 — Lakoff & Johnson『Metaphors We Live By』(1980)

人間は抽象的な概念を 身体的な経験のメタファー で理解する。「時間が流れる」「議論を組み立てる」など、すべてモデル。世界をそのまま記述しているのではなく、別の何かに置き換えて把握している。

発達心理学 — Piaget の「スキーマ」

子どもは「スキーマ(schema)」を構築・更新しながら世界を理解する。犬を見て「わんわん」と覚え、猫を見ても「わんわん」と言い、やがて区別を学ぶ。これはモデルの構築と修正そのもの。

認知科学 — Kenneth Craik『The Nature of Explanation』(1943)

「人間は頭の中に外界の小規模なモデルを作り、それを使って未来を予測し行動を選択する」と明確に述べた最初期の研究者。現代のメンタルモデル理論の源流。

用語の整理:スキーマとメンタルモデル

このモデル構築の話には、分野によっていくつかの言葉がある。

スキーマ(Schema) :Piaget の用語で「世界を理解するための枠組み」そのもの。Piaget はスキーマに関する行為を2つに分けた。

  • 同化(Assimilation) :新しい情報を既存のスキーマに当てはめること。猫を見て「わんわんだ」と言うのがこれ
  • 調節(Accommodation) :既存のスキーマが合わないとき、スキーマ自体を書き換えること。「これはわんわんじゃない、別のものだ」と区別を作るのがこれ

メンタルモデル(Mental Model) :より広い意味で使われる。Craik 由来で、心の中の世界の小規模な模型。スキーマより包括的で、状況や因果関係まで含むことが多い。

コンセプチャル・ブレンディング(Conceptual Blending) :認知言語学の概念で、複数の概念領域を結合して新しい意味を作る操作。ファンタジー世界の構築はこれの典型例(中世ヨーロッパ+魔法、現代社会+異能、など)。

ファンタジー創作への接続

脳が「モデルを作ることでしか世界を理解できない」のだとすれば、ファンタジー世界観の構築は 脳の基本機能の意図的な発動 と言える。

現実世界のモデルが「合わない」「納得できない」と感じたとき、別のモデルを一から作ってみるのは、 壊れた地図を捨てて新しい地図を描く ようなもの。異常な行為ではなく、認知的にはむしろ自然なこと。

トールキンが「ファンタジーは逃避ではなく脱出(Escape, not Escapism)」と言ったのは、この認知構造を直感的に捉えていたのかもしれない。逃避は受動的だが、脱出は能動的にモデルを再構築する作業として読める。

異世界転生物の面白さ:二段階構造

ここから個人的な話に戻る。自分は1〜2年前から異世界転生物を好きで読んできたが、なぜ好きなのかを言語化できていなかった。メンタルモデルという概念を使うと、初めて構造的に説明できる。

異世界転生物を読むとき、読者の体験には二段階の構造がある。

第一段階:メンタルモデリング

未知の世界のルールが提示され、読者は頭の中にその世界のメンタルモデルを構築する。魔法の体系、社会の仕組み、種族間の関係、物理法則の違い。これらを一から組み立てる過程 自体 が快楽になっている。

第二段階:物語の展開

構築されたメンタルモデルの上で物語が動き出し、喜怒哀楽が生まれる。

他の物語形式との比較

  • 現実舞台の物語 :第二段階だけ。現実世界のメンタルモデルは大抵の人が既に持っているので、いきなり物語に入れる。それはそれで良いが、第一段階の快楽がない
  • テンプレ異世界転生 :本来あるべき第一段階を「ステータス画面」「スキル」「ギルド」といった共有テンプレートで済ませてしまう。読者は既知の枠組みを使い回すだけなので、フルメンタルモデリングにならない。結果、現実舞台の物語と構造的にあまり変わらなくなる。 面白さのコアを欠いている

異世界転生物の作者がやっていること

優れた作者は読者のメンタルモデリングを誘導している。世界のルールを段階的に開示し、読者の頭の中にその世界の模型を組み上げさせる。そしてその模型の上で物語を展開させ、感情を生む。

つまり優れた異世界転生物の作者は、 物語を書いているだけでなく、読者の認知プロセスそのものを設計している

AI執筆指示への落とし込み

自分はファンタジー小説をAIに書かせている。だとすると、AIに「読者にメンタルモデリングをさせる」ことを理解させなければいけない。

問題は、AIは放っておくと 「情報を伝える」 ことしかしない、ということ。世界設定を地の文で語る、ナレーションで解説する、登場人物に説明セリフを言わせる。これらは全部、読者のメンタルモデリングを 奪う 行為。

そこで5つの原則にまとめた指示書を作った。

原則1:世界の情報を一度に説明するな

読者のメンタルモデルは段階的に構築される。冒頭で世界の全ルールを説明すると、読者はモデルを構築する快楽を奪われる。

  • ✕「この世界には五属性の魔法があり、火・水・風・土・光に分かれ……」
  • ○ 主人公が火を使う場面を書く → 読者は「この世界には魔法がある」と認識 → 後に水の魔法を見て「属性があるのか」と推測 → 読者自身が世界のルールを発見していく

原則2:読者の推測を誘発し、それを裏切るか確認せよ

メンタルモデリングの快楽は 「推測 → 検証」 のサイクルにある。読者に「たぶんこういう仕組みだろう」と思わせ、その後の展開でその推測が正しかったと確認させるか、あるいは意外な形で裏切る。

例:読者が「この世界の魔法は属性ベースだ」とモデルを作ったところで、属性に当てはまらない魔法を登場させる → 読者はモデルを更新する必要が出る → 「この世界はもっと複雑だ」と認識が深まる。

原則3:登場人物の体験を通じて世界を開示せよ

読者のメンタルモデリングは、登場人物と一緒に世界を体験するとき最も強く起動する。ナレーターが説明するのではなく、キャラクターが驚き、困惑し、理解する過程を描くことで、読者も同じ認知プロセスをたどる。

異世界転生物が強力なのはこの点で、転生者=読者の代理人が「この世界はどうなっているのか」を一緒に探索する構造になっている。

原則4:メンタルモデルが構築された上で物語を動かせ

読者が世界のモデルをある程度構築したら、そのモデルを前提とした物語の展開が可能になる。ここで初めて、喜怒哀楽が本当の意味で機能する。

モデルがまだ構築されていない段階で感情的な展開を入れても、読者は感情移入しきれない。なぜなら「この世界で何が重要で何が危険なのか」がまだわかっていないから。

原則5:説明文を書くな。体験を書け

最も重要な原則。読者に「理解させる」のではなく 「体験させる」 こと。メンタルモデルは説明で構築されるのではなく、 体験の蓄積 で構築される。

  • ✕「この国では魔法使いは差別されていた」(説明)
  • ○ 主人公が魔法を使ったとき、周囲の人間が怯えた目で後ずさりする場面を書く(体験)→ 読者は自分で「この世界では魔法使いは恐れられているんだ」というモデルを構築する

核心の一文

AIの仕事は「面白い物語を書く」ことではない。 読者の頭の中に世界を一つ作らせて、その世界の中で物語を体験させる ことだ。情報を伝えるな。体験を設計せよ。

自分なりの解釈

「なぜファンタジーを書くのか」という漠然とした問いから始まった会話が、最終的にAIへの執筆指示にまで降りてくる、一続きの構造として整理できた。流れを再構成すると、

  1. 個人的動機の確認 :現実にうんざりしている、世界の過半数が作っている世界が理解できない、だから別の世界を求める。これは脱出(能動)であって逃避(受動)ではない
  2. 一般論への展開 :5つの動機(創造の喜び・テーマの安全な扱い・別の可能性の提示・内的なものの外化・商業性)が広く語られている
  3. より深い構造への接続 :人間は内部モデルでしか世界を認識できない(Friston、カント、Lakoff、Piaget、Craik)。ファンタジー世界の構築は脳の基本機能の意図的な発動
  4. 異世界転生物の面白さの言語化 :二段階構造(メンタルモデリング→物語展開)。テンプレ異世界転生は第一段階を共有テンプレで済ませてしまうので構造的に弱い
  5. AI執筆指示への応用 :読者のメンタルモデリングを誘導する5原則。「説明するな、体験を設計せよ」

ここから自分の創作スタンスが見えてくる。

「ファンタジーを書くこと」を、文芸的な装飾や逃避と捉えるのではなく、 読者の脳に世界のモデルを組み上げる認知設計 として捉えている。これは原則5「情報を伝えるな。体験を設計せよ」が端的に示している通り。優れたファンタジー作家は単なる物語の書き手ではなく、 読者の認知プロセスの設計者 である。

そして自分が異世界転生物を好きな理由も、ここで初めて構造的に説明できる。フルメンタルモデリングの快楽が成立する数少ない物語形式だから。テンプレで済ませた量産品が物足りないのは、面白さの核(第一段階)を省略してしまっているから。

AIに書かせる場合、AIは放っておくと説明したがる(言語モデルの性質として、情報を伝達する方向に最適化されている)。だから明示的にメンタルモデリングを誘導するよう指示しなければならない。今回作った5原則の指示書がそれにあたる。

「きっかけ → 気づき → 自分なりの解釈」というメモの書き方そのものが、今回の会話全体の構造にもなっていた。漠然とした問いから核心の発見まで、認知の自然な流れに沿って降りていけた、という感覚がある。